リバウンドはなく、「軸」はあるけれども、 しなやかに風に揺れる『自然体』でいられる自分に出会えます。

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私には現在「孫」がおります。
そしてありがたいことに、両親も健在です。

両親と私は同居。

娘夫婦とは別居ですが、何かと娘夫婦とは関わりながら、
みんなで「孫」を育てています(*’ω’*)

 

 

両親は昭和の人で、昔ながらの子育てです。

私は、両親の子育てで「嫌だったことはしないよう」に
心がけた子育てをしてきました。
そんな中、子供とのトラブルを乗り越えた子育てをしてきました。

娘は、そんな私と私の両親とに育てられ
心病む時期もありました。

 

 

ある日、孫がこけて顔のどこかを、柱にぶつけて大泣き。

 

 

▼父

  • 泣いたらあかん!
  • 泣く子は嫌いや!
  • 男の子は、そのくらいのことでなくもんやない!
  • いい子なんやから!
  • いい子は泣いたらあかん!

1歳児に向けた、優しい口調で言ってますよ~~。
少々困りつつも、笑顔で。

 

▼私

  • あららぁ。痛かったね~~
  • 嫌だったね~~

と言います。
※しな軸の「実況中継」で対応

 

▼娘

ただ抱きしめます。

 

 

です。
それぞれに「対応」が違います。

 

あなたが「孫」になった気分で、
それぞれの対応を感じてみてください(^^)

 

 

私は両親の子育てで、いわゆる「良い子」として育ちました。

  • 自分でできるようにならなくてはならない
  • 弱虫はダメ・・・強くななきゃ
  • 親の納得する生き方を選ぶようにしていました
  • 親の納得できる生き方に背いたときは、罪悪感を抱きました
  • 弱音を吐く私はダメ
  • 拗ねてました

 

だから

 

  • 弱虫を見抜かれないように、小細工しました
  • 頑張って見えるように、悪賢くなりました
  • 「できる」と言われるように、要領よくなりました

 

今でも自分は「頑張ってきた」ってほど、
頑張ってはないと、頭では思っているのだけど、
要領よくはなったなぁ~~って思います。

目上の人や、権威ある人に対してね(^^;)

 

 

本当のところ、
両親は私にどのように育って欲しかったのでしょうね?

 

  • どうして「弱虫」はダメって教えたのでしょう?
  • どうして「泣く」ことを嫌がったのでしょう?
  • どうして「良い子」でいて欲しかったのでしょう?

 

どう思いますか?

 

  • 愛していた
  • 幸せになって欲しかった
  • 愛される人間になって欲しかった
  • ただその時、用事があってそれを阻まれたくなかった

 

と、根柢の「想い」から、
その時の「対処」だったこともあったでしょうね。

そしてここには、
彼らの「価値観」や「欲求」が潜んでいたことでしょう。

私に伝わっていることもあります。
そして、たぶんまだまだ伝わってないこともあるようにも思います。

 

私は察して生きてきたし、察することが当たり前だったように思います。
なので、私は「妄想」の中で理解し、「妄想」の中でコミュニケーションを図り、
「妄想」することが、変に上手になって、
読まなくて良い空気まで読むようになりました。

 

結果、自分のこともわからない、相手のこともわからない私として
生きてきたように思います。

 

ただの「優しい人」ね”(-“”-)”

 

 

 

 

ただ、うちの両親は

私含め、子供たちを愛してやまない人

ではありそうです(*’ω’*)

ただ子供であった時、私の心は「混乱」していたし、
思春期時代、私を理解されていない虚無感はありました。

 

 

 

 

今朝もこんなことがありました。

孫が私に「がっこがっこ(抱っこ抱っこ)」と言います。
彼は、「抱っこして立って、あっちに行ってくれ」て、
伝わる言葉と、そうでない言葉と、態度(サイン)で伝えてきます。

 

で、私はそれがわかるも、
私は「座ってのんびりしたい」ので、立ってどこかへ行きたいないんです。

 

なので、

 

「がっこがっこ(抱っこ抱っこ)」

「抱っこして立って、あっちへ行ってほしいんやね。」

「私は、座ってのんびりしていたいよ~~」

「がっこがっこ(抱っこ抱っこ)~~~(涙目)」

「あっち行って欲しくて仕方がないのね。
けど、座ってのんびりしたいよ~~」

 

のやり取りがありました(^^;)

娘は笑って見ています。

そこへ私の母がやってきて、
母が孫を抱っこして立ってあやしました。

 

この1場面でも、
それぞれの「欲求」「価値観」があるようですね(*’ω’*)

 

 

私たちは、日々誰かの対応しています。何かで対応しています。
これが人間関係でしょう。そしてこれがコミュニケーション。

 

そんな毎日の対応を丁寧にするだけで、

  • 自分の価値観が明確になり
  • 自分の欲求が明確になり
  • 相手の価値観が明確になり
  • 相手の欲求が明確になり

ます。

 

1つひとつのコミュニケーションが、
自分を知る、相手を知るチャンスになるんですね。

 

するとね、どうなるかっていうと

  • 自分がしたいことが明確になる
  • 自分の「好き」が明確になる
  • 心のままに生きやすくなる
  • 自分の「ありのまま」がわかる

に繋がっていくんです。

 

丁寧に取り組むので、時間もかかりますが、
リバウンドはなく、「軸」はあるけれども、
しなやかに風に揺れる『自然体』でいられる自分に出会えます。


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